あいまいで 今にも壊れてしまいそうな 目を瞑って 今日だけは 夢を見たいのシャングリラ 理想郷の夜

秋の夜は長い。 適度に冷えた外気が頬に心地よく当たって、通り抜けていく。ガシュッ、と両足に生えた翼が地面を蹴る音がした。 これが、ストームライダーの特権。これが、私の自由。 目を閉じて得意なスピンを繰り返す。そんなただ回っているだけの行為が、私には楽しかった。 「♪群がる葉々は光を喰らい 森の闇を…」 「胸糞悪ィ歌だな、ファック」 思わず口ずさんだ歌は、どうやら牙の王を大いにイラつかせたようだ。 今まで一人だった空間に、もう一人分の空間がふえて私もちょっと居心地が悪かった。 少し睨みつけると、小馬鹿にしたような表情を返される。生意気。 「♪木々は腕をからめ天へと伸ばす…」 また咢に咎められないうちに、と私はATを走らせた。誰にも追いつけないほど速く、速く、疾風のように。 けれどおかしなことに、咢は私に追いつけないようだ。 いつもなら、彼はたやすく私を捕まえる。 「ねぇ、咢。調律が…あってないよ。」 ぐ、とかかとに力を入れてまったく逆方向、つまり今来た道を戻って咢のほうに駆ける。 彼に聞こえたかどうかは定かではないけれど、咢がそっと眉をひそめたのを私は見逃さなかった。 「俺なんかより、テメェの心配しろよ。」 慣性のそのままに咢に向かってゆく私の体を、咢はさらに引き寄せた。 思わぬ方向から力を受けて、バランスは崩れ世界が崩れる。 、突然キスをされた。 「……ぇ?」 亜紀人がするような、フレンチじゃなくて、何もかも飲み込まれそうな貪欲で荒々しい口付け。 まるで咢そのものを表しているような、暴風を伴う、キス。 「…っは、咢…やっぱり、おかしいよ……」 嫌ではなかったキスでも、反射的に袖で唇をごしごしと拭ってしまう。 生理的に目じりに溜まった涙も、一緒に。 「調律が?ッハ、俺がか?ファック、てめぇに言われたくねぇっつの。」 それでも咢は、寂しそうに苦しそうに。私にはそう、見えた。 咢の陰に潜む亜紀人まで、ひっそりと息を潜めて深刻そうに。 そのまま辺りは静まり返って、時間が暫く止まっていた。 「咢…私、戻る。Tool Toul Toに、戻る……。」 「余計なお世話っつーんだよ、ウゼェ。」 っう、と嗚咽をもらしながらそんなことを言った私に、咢は酷い台詞を吐いた。 今までに何度も聞いたはずなのに、今日は優しく苦しく響く。 あのグループから抜けて、私は咢の調律士をやめて、一体何が変わったのかな。 突然そう言いたくなった。 本当に、何が変わったんだろうか。何がどう好転したのか。 「ごめん……咢…私の所為だよ…。もう止めよう、トロパイオンはもう諦めよう…。」 「ファック!!黙ってろ。」 びくりと肩が震えて涙が一瞬だけ重力に逆らった。 「そういうこと、言いに来たんじゃねぇ…。俺は、」 苦々しくそうつむがれた言葉を最後に、咢は私の目の前から影に身を潜めた。 す、とずらされる眼帯の奥からは、亜紀人の瞳がくるりと現れる。 突然のその変化に私はついていけずに、咢だった亜紀人の影と一緒に取り残されて、影と手を繋ぐ。 「咢と僕は、おめでとうって言いたかったんだ。」 私に? そう、君に。 君に、お誕生日おめでとう って言いたかったんだ。 私をきつい口調で戒めた彼と違って、亜紀人は優しい優しい口調で私に暖かい風を吹き込む。 さっきまでのぴんとはりつめられた糸のような緊張は、もう無かったことにされていて。いつかきっと、この問題を後回しにしていたら…いつかきっと、後悔するときが来るだろうと私はそれをしまっておくことを少し躊躇していた。 それでも二人の優しさはふんわりと私を包み込んで、現実の冷たい面から守ってくれるような気がして、いけないとは思いつつも私はその言葉にのせられて、すっかり忘れてしまっていたんだ。いつの間にか。 おめでとう ありがとう。君からもらうこの言葉の大切さを 今は決して忘れない。 06/09/30 up 06/10/20 -------------------- お誕生日おめでとうございました。 -----コメント--------------------------- あ・・・咢に・・・・ぐふっ((吐血 素晴らしきものをありがとう御座います。 一生の宝物です!! 私にもこれくらいの文才があればいいものを…はぁ〜。 えっと、緋乃サマありがとうございました!!
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